大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(行ケ)115号 判決

原告 トムソン-エスアー ソシエテ アノニム

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間として九〇日を定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五六年審判第一〇七七四号事件について平成元年一月一〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文一、二項と同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五一年五月一七日、フランス国において一九七五年(昭和五〇年)五月一六日にした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「光ビームで情報を読み取る装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五一年特許願第五六四二六号)をしたが、昭和五六年一月九日、拒絶査定を受けたので、同年五月一二日、審判の請求をし、昭和六〇年審判第一〇七七四号事件として審理され、同年一〇月三〇日、出願公告(昭和六〇年特許出願公告第四八九四九号)されたが、特許異議の申立てがされ、平成元年一月一〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされ(出訴期間として九〇日が附加された。)、その謄本は、同年二月二二日、原告に送達された。

二  本願発明の要旨

(a)  読取るべき情報を担持した反射面を有するデータキャリア上に光ブームを点として集束させる対物レンズと、

(b)  互いに直交する二直線によって殆ど隙間がないように四つの二次元部分に分割され前記情報を読取る観測面を形成する光検出器と、

(c)  前記反射面で反射された前記光ブームの少なくとも一部を光ビームが前記反射面上に正確に焦点合せされたときに最小形状となるような光スポットとして前記観測面へ案内する光案内手段と、

(d)  前記光ブームの前記観測面への通路上に設けられ前記光検出器を分割する二直線の方向に非点収差を生ずるようにした非点収差光学手段と、

(e)  前記二次元部分のうち隣合わない二つの二次元部分からの出力を加算する第一の加算器及び他の隣合わない二つの二次元部分からの出力を加算する第二の加算器ならびに前記両加算器の出力の差を取出す差動回路を有し、前記二直線の方向に沿った前記光スポットの変形に伴う照射面積の増大に関連して焦点誤差信号を取出す回路と、

(f)  前記情報を読取るべく前記光検出器の四つの部分の出力信号の和を取出す加算回路

とをそなえた光ビームで情報を読取る装置((a)ないし(f)の項分付号は適宜付したものである。別紙図面一参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  本願発明が我が国に出願される日前に頒布された昭和五〇年特許出願公開第一〇四五三九号公報(昭和五〇年八月一八日発行、以下「第一引用例」という。)には、前記(a)ないし(e)を備えた「動いているデータキャリア上に読取ビームを集束させる装置」(別紙図面二参照)が記載されており、また、昭和四九年特許出願公開第六〇七〇二号公報(以下「第二引用例」という。)には、光ビームで情報を読取る装置において、情報の読出しとビームを集束させるための位置決め測定とを共通の光検出器の出力の加算及び減算をすることによって実現することが記憶されている(別紙図面三参照)。

したがって、本願発明は、第一引用例記載の発明に、情報の読出しをするために第二引用例記載の発明の技術を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

3  なお、本件出願に関して適用となる工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約(以下「パリ条約」という。)に規定する優先権については次のとおりであり、第一引用例に基づいて本願発明の特許を拒絶することは誤りではない。

本件出願は、一九七四年(昭和四九年)一月一五日のフランス国特許出願第七四〇一二八三号(以下「特許出願A」という。)の追加の特許出願とし、一九七五年(昭和五〇年)五月一六日にフランス国に出願された特許出願第七五一五四三三号(以下「特許出願B」という。)に基づいて、パリ条約による優先権を主張して、昭和五一年五月一七日、我が国に出願されたものである。

パリ条約に規定する優先権は、同盟国の一国になした最初の出願に基づいてのみ発生するものであるところ、前記特許出願A、Bの明細書に共通に記載されている事項((a)ないし(e)の構成部分)については、特許出願Bは、パリ条約四条C(2) でいう「最初の出願」とは認められず、特許出願Bに基づいて発生する優先権は、先の特許出願Aの明細書に記載されている事項を除いた事項((f)の構成部分)に対するものである。

そして、第一引用例には、特許出願Aの明細書に記載された事項((a)ないし(e)の構成部分)が記載されている。

したがって、本件出願は、特許出願Bに基づく優先権を主張してされたものであっても、我が国に現実に出願された日前に頒布された第一引用例に記載された事項については優先権を有しないものである。

これに対し、請求人(原告)は、パリ条約上の優先権は、一つの発明につき一つずつ発生するものであり、発明の部分毎に発生するものではないとし、また、フランス国追加特許証出願の発明は親出願の発明と共通する部分を有するが、発明としては別個のものであり、この追加特許証出願により新たな優先権が発生した等として、(a)ないし(f)の構成については特許出願Bが最初の出願であり、その明細書に記載された(a)ないし(f)の構成のすべてについて優先権を生ずる旨主張する。

しかし、優先権は、同盟国の第一国における当該対象についての最初の出願又は最初の出願とみなされる出願だけに発生することはパリ条約四条C(2) 及び(4) の規定から明らかである。この原則は、同一対象についての優先権の連鎖を避けるためのものとして広く認められているものである。

そして、優先権が発明を構成する部分についても発生することは、四条Fの規定から明らかであり、特許出願Bに基づいて、その発明の構成部分のうち(f)の構成部分についてのみ優先権が生じると解することは何ら差し支えないものである。

また、四条Hの規定からも、優先権が発生する出願とは、当該対象について最初に開示された出願であると解釈できるところ、特許出願Bのうち(a)ないし(e)の構成部分については特許出願Aに開示されているものであるから、(a)ないし(e)の構成部分については特許出願Aが最初の出願であり、特許出願Bが最初の出願となるものではないということができる。

仮に、請求人の主張するとおり、特許出願Bの優先権が構成部分(a)ないし(e)に及ぶとすると、特許出願Aについて、優先期間を一二箇月と定めた四条C(2) の規定、及び、先の出願が、公衆の閲覧に付されないで、かつ、いかなる権利も存続されないで、後の出願の日までに取り下げられ、放棄され又は拒絶の処分を受け、及び先の出願が優先権の主張の基礎とされていないことを条件として、最初の出願とみなすとする四条C(4) の規定を無意味なものとし、出願人による優先期間の自発的延長を可能とすることになって、優先権制度の趣旨に甚だ反することになるものである。

したがって、請求人の主張は理由がない。

4  以上のとおりであり、本願発明は第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明の技術を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の本願発明の要旨、第一引用例及び第二引用例の記載事項の認定は認めるが、審決の特許出願Bに基づく優先権についての判断及び本願発明の容易想到性の判断は争う。

審決は、特許出願Bに基づく優先権についての判断を誤り、又は本願発明の容易想到性についての判断を誤り、もって本願発明の進歩性を否定したものであり、違法であるから、取消しを免れない。

1  取消事由1-優先権についての判断の誤り

審決は、特許出願A及び特許出願Bの明細書に共通に記載されている(a)ないし(e)の構成部分については、特許出願Bはパリ条約四条C(2) でいう「最初の出願」とは認められず、特許出願Bに基づいて生ずる優先権は、(f)の構成部分についてのみであると判断したが、この判断は誤りであり、審決は、本件出願について拒絶の理由とすることができない第一引用例をもって本願発明の進歩性を否定した違法がある。

特許出願Bに係る発明は、特許出願Aに係る発明と共通する部分を含んでいるが、それとは異なる技術的思想を内容とするものであり、発明相互間に同一性がないので、特許出願Bに基づき、右共通する部分を含め、新たに優先権が発生したものである。

特許出願Aは、光ビームで情報を読み取る装置の焦点制御に関するものであり、焦点制御に関する技術が開示されているが、この開示内容によっては、情報読取りを行うことはできない。

一方、特許出願Bは光ビームで情報を読み取る装置の情報読取りに関するものであり、情報読取りのため、特許出願Aに示された焦点制御用の構成を利用したものである。

焦点制御を行うために、光センサは四つの二次元部分に分割されていることを要する。これに対し、単に情報読取りを行うだけなら、四分割されていない光センサを用いた方がよいが、その場合には、情報読取用と焦点制御用とに光センサを格別に設ける必要がある。

特許出願Bに係る発明は、一つの光センサを焦点制御と情報読取りとに併用したものである。そして、その結果、(a)ないし(e)の構成要件は、焦点制御要素としてそのまま機能するとともに、構成要件(f)とあいまって焦点制御とは異質の機能を果たす構成となっている。

したがって、要件(a)ないし(e)が焦点制御を内容とする特許出願Aの明細書に記載されているとしても、特許出願Aは本願発明の特許出願の優先権主張の基礎となる出願にはならない。特許出願Aは情報読取りを行うのものではないからである。

そして、本願発明の優先権主張の基礎出願は、情報読取りを内容とする特許出願Bであり、これがパリ条約四条C(2) にいう最初の出願である。

したがって、特許出願Bがフランス国においてされた後一二箇月以内に頒布された第一引用例をもって本願発明の進歩性を否定し、本件出願を拒絶することはできない。

2  取消事由2-容易想到性についての判断の誤り

仮に、特許出願Bに基づく優先権についての審決の判断に誤りがないとしても、審決が、本願発明は、第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明の記述を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたと判断したことは誤りである。

第一引用例記載の発明は焦点誤差信号の検出手段であり、第二引用例記載の発明はトラッキング誤差信号の検出と情報信号の検出を行う手段であって、両者は、光検出器の設置位置も検出内容も全く異なるものであり、動作原理上互いに他と組み合わせることができない技術内容に関するものである。

第一引用例記載の発明は、本願発明の(a)ないし(e)の構成要件からなる焦点誤差信号の検出手段であって、光検出器を光ビームの光軸に沿って焦点位置を中心とするいずれかの位置において動作させるもので、焦点位置からのずれを検出するものである。そして、光ビームに関して光検出器がとる基本的位置は光ビームの焦点位置である。

一方、第二引用例記載の発明については、トラッキング誤差信号の検出動作を示す第3図及び第4図において、光検出器要素12及び13は互いに距離sを置いて二つの位置に配置されており、「光ビームの非焦点位置」で光ビームかトラックに対してどれだけずれているかを検出している。光検出器要素12及び13は互いに離間して配置されるから、点状である焦点位置に両要素を置くことは物理的に不可能であるし、焦点位置ではそもそもトラッキング誤差を検出することはできない。

したがって、当業者が第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明の技術を適用することを想到することは容易ではない。

第三請求の原因に対する認否および被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  取消事由1について

特許出願Aと特許出願Bとでその発明に格別技術的な隔たりがあるということはできず、本件出願の優先権主張の基礎出願は特許出願Bではなく、特許出願Aである。

特許出願Bに係る発明における構成部分(f)は、特許出願Bの発明において初めてなされた新規な技術的手段であればともかく、このような技術的手段は特許出願Bの出願前に当該技術分野においては知られているものである。

第二引用例には、審決認定の技術的事項が記載されているところ、その具体的内容は、光検出器を特許出願Bに係る発明のように四つの部分にではなく二つの部分に分割して構成しているが、光検出器を複数の部分に分割して構成し、この光検出器の出力から、一方では差動回路(17) により差(減算)の電気信号(ε)を、他方では加算回路(18ないし20)により和(加算)の電気信号(S(t))をそれぞれ得るとともに、加算回路により得られた右の電気信号(S(t))を、読取装置の情報読取りのための電気信号として利用しようとする技術的思想が示されているのであるから、特許出願Bに係る発明における構成部分(f)は、その出願前に広く知られた技術的手段にすぎないものである。

そうしてみると、特許出願Bに係る発明、したがってまた本願発明の主要な構成部分は(a)ないし(e)にあるといわざるを得ない。そして、これらの構成部分は、特許出願Aにおいて、焦点制御に関する技術的事項として開示されているのである。

また、特許出願Aに係る発明は、情報読取りを正確ならしめるために焦点制御を行うことを目的とするものであって(第一引用例一頁右下欄二行ないし二頁左上欄一一行)、当然に情報読取りをその発明の前提としていることは明らかであるから、結局、特許出願Aには、本願発明及び特許出願Bに係る発明における焦点制御に関する事項はもとより、情報読取りに関する事項もその発明の前提として含まれている。

したがって、また、情報読取りと関連付けた開示が特許出願Bによって初めてされたものでもない。

そうすると、本願発明及び特許出願Bに係る発明は、その出願前に第二引用例に開示されて既に広く知られている情報読取りの技術的手段である前述の加算回路(18ないし20)を、特許出願Aに係る発明の前提となっている情報読取りのための手段として明示し、構成部分(a)ないし(f)としたものにすぎないといい得るので、特許出願Bの発明の主要な構成部分は(a)ないし(e)である。したがって、特許出願Aに係る発明と特許出願Bに係る発明は、原告の主張するような技術的思想の隔たりがあるということはできない。

よって、特許出願Bに係る発明の構成部分が(a)ないし(f)であるとしても、その主要な構成部分(a)ないし(e)が特許出願Aに初めから開示されている以上、特許出願Aは本件出願の優先権主張の基礎出願であると解さなければならない。

よって、本願発明の(a)ないし(e)の構成部分については特許出願Aを優先権主張の基礎として出願すべきであり、特許出願Bは(f)の構成部分についてのみ優先権主張の基礎出願となるとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

第一引用例記載の発明の焦点制御は、第2図に示すように、ホトセルが31ないし34の四枚に分割され、ビームが81のように断面縦長形状のときはホトセル31と32で検出される全光量(積分値)が33と34で検出される光量より多くなり、82のように断面横長形状のときはその逆になることを利用している。それに対して、情報はデータキャリアDから反射してくる光の強弱によって表されるのであるから、その読取りには全光量の和をとればよいことは容易に想到し得るところであり、第二引用例の第1図に示された演算増幅器18が光検出器12、13によって発生した信号の和をとっているのも全光量の強弱を検出することによって情報検出ができることを示唆している。

そして、第一引用例の第2図のホトセル31の出力と32の出力は加算器35で加え合わされているので、光量検出に関しては一枚の検出板で置換できるものであり、それは第二引用例記載の発明の光検出器12に相当する。同様に、同図のホトセル33、34と加算器36は第二引用例記載の発明の光検出器13に相当する。そして、第一引用例記載の発明の差動増幅器37は第二引用例記載の発明の差動増幅器17に対応させることができる。第二引用例記載の発明の差動増幅器17はビームの正規位置からのずれを検出信号の差で検出することを示し、それと同時に増幅器18で和をとることによって情報を得ることを示しているから、このことは、第一引用例記載の発明においても、その加算器35と36の出力の和(即ちホトセル31ないし34の出力の和)をとれば再生情報が得られることを示唆している。

第二引用例記載の発明の検出器はトラッキング誤差信号の検出を行うものであり、焦点誤差信号を検出するものではないが、ともに検出器から二つの出力の差をとって誤差信号とし、これを誤差補正用のサーボ信号としている点で共通しているのである。

以上のことからすると、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明の基本的構成は同じであり、動作原理上互いに他と組み合わせることができないものではおよそなく、また、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明はともに「二出力の差を検出して誤差修正用のサーボ信号とする」点で一致していることに加え、第二引用例記載の発明は「二出力の和を検出して情報再生信号とする」ことを開示しているのであるから、当業者が第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明の技術を適用して本願発明の構成を想到することは容易である。

第四証拠関係〈省略〉

理由

第一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、審決の第一引用例及び第二引用例の記載事項の認定は当事者間に争いがない。

第二そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

一  取消事由1について

1  成立に争いのない甲第二号証の一(昭和六〇年特許出願公告第四八九四九号公報、以下「本件公報」という。)、甲第二号証の二(手続補正書)及び甲第三号証(第一引用例)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、一九七四年(昭和四九年)一月一五日、フランス国において構成要件(a)ないし(e)を備えた発明につき特許出願Aをし、それに基づくパリ条約による優先権を主張して、昭和五〇年一月一四日、名称を「動いているデータキャリア上に読取光ビームを集束させる装置」とする発明につき我が国に特許出願(昭和五〇年特許願第六九六〇号)をし、同年八月一八日、右発明は同年特許出願公開第一〇四五三九号公報をもって出願公開されたこと、一方、原告は、一九七五年(昭和五〇年)五月一六日、フランス国に特許出願Aの追加の特許出願として構成要件(a)ないし(f)を備えた発明につき特許出願Bをし、それに基づくパリ条約による優先権を主張して、昭和五一年五月一七日、名称を「光ビームで情報を読み取る装置」とする発明(本願発明)につき我が国に特許出願(昭和五一年特許願第五六四二六号)をしたものであることを認めることができる。

2  パリ条約によれば、いずれかの同盟国において正規に特許出願をした出願人又はその承継人は、最初の出願の日から一二箇月間は他の同盟国における特許の出願について優先権を有し、その優先期間満了前に当該他の同盟国においてされた出願は、その間にされた他の出願、当該発明の公表又は実施等によって不利な取扱いを受けないと規定されている(四条A(1) 、B、C(2) )。

そして、優先権制度の趣旨に照らし、優先権の対象となるためには第一国出願に係る出願書類全体により把握される発明の対象と第二国出願に係る発明の対象とが実質的に同一であることを要すると解するのが相当である。このことは、同条約四条H項が「優先権は、発明の構成部分で当該優先権の主張に係るものが最初の出願において請求の範囲内のものとして記載されていないことを理由としては、否認することができない。ただし、最初の出願に係る出願書類全体により当該構成部分が明らかにされている場合に限る。」と規定していることからも明らかである。

しかし、同条約四条F項によれば、同項は発明の単一性を要件として、いわゆる複合優先及び部分優先を認めており、第二国出願に係る発明が第一国出願に係る発明の構成部分とこれに含まれていない構成部分を含んでいるときは、共通である構成部分と第一国出願に含まれていない構成部分とがそれぞれ独立して発明を構成するときに限り(すなわち、この両構成部分が一体不可分のものとして結合することを要旨とするものでないときに限り)、共通である構成部分については第一国出願に係る発明が優先権主張の基礎となることに照らすと、第一国に最初にした出願に係る発明と後の出願に係る発明とが右のような関係にある場合に、第二国に後の出願に係る発明と同一の構成を有する発明について出願するとき、優先権主張の基礎とすることができる特許出願は、第一国に最初にした出願に係る発明と共通の構成部分については、最初にした特許出願であり、これに含まれていない構成については後の特許出願である、と解すべきである。

3  弁論の全趣旨に照らし特許出願Aとその発明の対象を同一とするものと認められる第一引用例には、(a)ないし(e)の構成を備えたデータキャリア上に読取ビームを集束させる装置の発明が記載されていることは当事者間に争いがないところ、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の発明の詳細な説明の欄には次のような記載があることを認めることができる。

「本発明は円盤レコードまたはテープのような動くデータキャリアに記録されている情報の光学的読取の分野に関し、更に詳しくいえば、データキャリア上に読取光ビームを集束させる装置に関する。

高密度で記録されているデータの光学的読取には、正確さという困難な技術的問題が伴うから、データキャリアに対して垂直な読取ビームの面内で、データキャリアと読取器との間の相対的な位置決めを正しく行うために各種の装置が提案されている。

たとえば、(略)を用いることが可能である。このような装置の大きな欠点は、この装置がデータキャリアの欠陥に対して高い感度を持つことである。(略)

このような欠点を解消するために、反射されたビームを読取装置からは完全に独立している光学装置によって処理する技術も提案されているが、これは構成が複雑になる。

本発明の目的は非点収差のある光学装置を用いることによって、前記のような欠点を解消することができる集束装置を提供することである。」(一頁右下欄二行ないし二頁左上欄一一行)

「このようにして変調された光ビーム3を周知の技術を用いて処理することにより、データキャリアDに記録されているデータを再構成することができる。」(二頁右上欄二行ないし五行)

「本発明の集束装置は移動するトラックにより記録されている情報の読取のどのような動作にも用いることができる。」(三頁左下欄一四行ないし一六行)

右認定の第一引用例の記載からすると、第一引用例記載の発明(したがってまた、特許出願Aに係る発明)は、高密度で記録されているデータの光学的読取りにおいて、データキャリアに対して垂直な読取ビームの面内でデータキャリアと読取器との相対的な位置決めを正しく行うための従来提案されている各種の装置の欠点を解消するため、非点収差のある光学装置による集束装置で、別個の独立した情報読取装置を用いる必要はなく、それ自体を情報の読取装置として用いることができるものを提供することを技術的課題としたものであると認めることができる。

そして、前掲甲第三号証により認められる第一引用例の発明の詳細な説明の記載(二頁左上欄一四行ないし三頁右上欄六行)によれば、第一引用例記載の発明の焦点制御についての技術内容は以下のようなものであると認めることができる(別紙図面二参照)。

即ち、光ビーム3がデータキャリアDの上の点10に正しく集束したときはホトセル31ないし34上の光点8は円形となり、各ホトセルの受ける光量は等しくなるが、ビーム3がデータキャリアDの表面から外部に出た点に収束した場合は、光点8は軸11に沿って伸びる変形となり、ビーム3がデータキャリアDの表面の内部に入った点に集束したときは光点8が軸12に沿って伸びる変形となり、ホトセル31、32及び33、34の受ける光量は等しくなくなる。軸11上のホトセル31、32は加算器35に接続され、軸12上のホトセル33、34は加算器36に接続され、これらの加算器の出力値は差動増幅器37に接続され、加算器35の出力と加算器36の出力の差が集束制御信号Sとして現れ、これが零(正しい集束の場合、光点8は円形となり、集束制御信号Sは零となる。)となるようにモータ40が対物レンズLの位置を動かして焦点を制御するものである。

4  一方、弁論の全趣旨に徴し特許出願Bと発明の対象を同一とするものと認められる本願発明が第一引用例記載の発明の構成部分(a)ないし(e)に構成部分(f)を加えた、光ビームで情報を読み取る装置をその要旨とすることは当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証の一によれば、本件公報の詳細な説明の欄には、次のような記載のあることを認めることができる。

「本発明は、デスク或いはテープのような移動するデータキャリアに記録した情報を光学的に読みとる装置に関する。(略)

記録した情報密度が高い場合、光ビームをトラックに正確に収束する必要があり、従って支持体と光学読み取装置の相対位置を如何に正確に保つかという技術的な問題が生ずる。特願五〇-六九六〇号(特開昭五〇-一〇四五三九号)は、この問題、即ち支持体に読み取りビームを収束する問題を解決する装置に関している。

本発明は、前記特許願に記載した収束装置の使用に関し、電気的情報読取信号を発生するものである。」(一欄二一行ないし二欄一七行)

「本発明は上述のように、互いに直交する二直線によって殆ど隙間がないように四つの部分に分割された光検出器に対し光学系を介してデータキャリアからの反射光ビームを与えるようにし、光検出器の四つの部分の各出力の差を取出して焦点誤差信号とし、各出力の和を情報信号として取出すようにしたものであり、焦点誤差信号を形成する光検出器構成に影響を与えることなく情報信号の取出しを効率よく行える点に特徴を有する。」(六欄一三行ないし二一行)

右認定の本件公報の記載によれば、本願発明(したがってまた、特許出願Bに係る発明)は、第一引用例記載の発明の焦点集束装置を利用して行う情報の読取装置に係るものであることを認めることができる。

そして、前掲甲第二号証の一によって認められる本件公報の発明の詳細な説明の欄の記載(三欄一四行ないし六欄一二行)によれば、本願発明の情報読取りについての技術内容は、データキャリアDのビーム3が集束した点10が回折素子上にある場合(即ち、情報を表すビット等に集束した場合)、光が回折を受け、光電セル(ホトセル)31ないし34が受ける光スポットの強度が回折素子上に集束しない場合に比して低くなることを利用し、各ホトセルの出力の和を加算器50に入力して情報信号の読出しを行うものであると認めることができる(別紙図面一参照)。

5  以上認定したところによると、特許出願Aに係る発明は、構成要件(a)ないし(e)からなる、それを読取装置として利用することを前提とした光ビームの情報記録への焦点集束装置であり、特許出願Bに係る発明は、特許出願Aに係る発明の焦点集束装置に、これにより焦点が集束された光ビームの反射光の光量を検知して情報を読み取る装置(f)を付加した、構成要件(a)ないし(f)からなる情報読取装置である。

そして、第二引用例に審決認定の技術内容が記載されていることは、当事者間に争いがなく、これによれば構成要件(f)に係る情報読取装置は、特許出願Bに係る発明の出願前当業者に知られていた技術的手段であると認められ、また本願発明のデータキャリアDのような情報担持物によって変調された光ビームから情報を読み取る装置は、それ自体一つの発明を構成し得るものである(本願発明に関しても、仮に、光ビームの焦点集束は既存の技術手段を用いるとして、特許請求の範囲に前記の構成要件(f)のみを記載して情報読取装置の発明として特許出願がされた場合、それは発明の単一性を損なうものではなく、一つの発明に係る特許出願として適法として扱われることに疑問の余地はない。)。

特許出願Bに係る発明は、特許出願Aに係る発明の構成要件(a)ないし(e)(焦点集束装置)に構成要件(f)(情報読取装置)を付加したものであるが、その付加そのものに技術的な創作性があるというものでもなく(それは特許出願Aに係る発明自体が目的としたところである。)、特許出願Bは、構成要件(a)ないし(e)からなる焦点集束装置の発明と構成要件(f)からなる情報読取装置の発明とを単純に組み合わせたものにすぎない。

したがって、本件は、第一国(フランス国)にした後の出願である特許出願Bに係る発明が同国に最初にした出願である特許出願Aに係る発明の構成部分とこれに含まれていない構成部分を含んでおり、両構成部分がそれぞれ独立して発明を構成する場合において、第二国(我が国)に後の出願である特許出願Bに係る発明と同一の構成を有する発明(本願発明)について特許出願した場合に該当する、というべきである。

以上のことからすると、本願発明の構成要件(a)ないし(e)からなる構成部分については、特許出願Aが最初の出願となるものであり、本件出願は、その発明の全てについてフランス国の出願に基づく優先権を主張せんとする限り、構成要件(a)ないし(e)からなる構成部分については特許出願Aに基づき、構成要件(f)からなる構成部分については特許出願Bに基づき、それぞれ優先権を主張する必要があったというべきである。

しかし、本件出願は、特許出願Aがされてから一二箇月を経過した後にされたものであることは明らかであるから、本件出願において、特許出願Aに基づく優先権を主張することはできず、ただ、(f)の構成部分について、最初の出願となる特許出願Bに基づいて、その部分についてのみ優先権を主張することができるだけである。

したがって、本件出願がされる前に我が国において頒布された構成要件(a)ないし(e)が記載された第一引用例は、本件出願を拒絶するにおいて引用することができる刊行物であるというべきである。

これに対し、原告は、特許出願Aに係る発明と特許出願Bに係る発明とは別個の発明であるから、構成要件(a)ないし(f)のすべてについて、特許出願Bが最初の出願である旨主張する。

確かに、構成要件(a)ないし(e)からなるA発明と構成要件(a)ないし(f)からなるB発明とは、構成要件(f)の有無について相違しており、また構成要件(f)が構成要件(a)ないし(e)のいずれかと実質的に同一ということもできないので、両者に発明としての同一性はないが、特許出願Aに係る発明と特許出願Bに係る発明とが前述のような関係にある場合においては、本願発明の構成要件(a)ないし(e)については特許出願Aが最初の出願であると認めるべきであるから、原告の右主張は採用できない。

したがって、審決が特許出願Bにより優先権を主張することができるのは構成部分(f)についてのみであるとし、第一引用例をもって本願発明の進歩性を否定するための引用例として用いたことに誤りはない。

二  取消事由2について

前認定のとおり、第一引用例記載の発明の焦点集束装置は、それを利用して情報の読取りを行うことができるようにすることをその技術的課題(目的)としているものである。

そして、第二引用例に、光ビームで情報を読み取る装置において、情報の読出しとビームを集束させるための位置決め測定とを共通の光検出器の出力の加算及び減算をすることによって実現することが記載されていることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、「光検出器要素12、13は電気的信号を発生し、これら電気的信号はそれぞれ第一差動増幅器17の入力に加えられる。第一差動増幅器17の出力は低域フィルタ21に接続される。この低域フィルタ21は誤差電圧εを供給し、この誤差電圧εは電気機械的変換器8を介して対物レンズ7のoy方向の半径方向変位を制御する。光検出器要素12、13によって発生された電気的信号はまた抵抗19にも供給され、この抵抗19は抵抗20及び演算増幅器18と共に電気的伝送回路を構成し、この回路は二つの光検出器12、13によって発生された信号の和に比例した信号S(t)を発生する。(略)ビームの集束点Oが記録体1上の回折要素14に出会うとすぐに、光線は実質的な回折を受け、これは領域10より実質的に広い斜線を施した領域11にわたって光エネルギを分布させる傾向をもつ。その結果、二つの光検出器素子12、13によって発生された信号の和S(t)に変化が生じる。要素14の通過時に、増幅器18の出力で方形波状の信号S(t)が得られ、この信号はトラック15に刻み込まれた信号における時間変化を正確に形成する。信号S(t)に関して、二つの光検出器素子12、13を設けることは必須要件ではない。これら二つの変換器の感光面は一つに結合することができ、そして領域10を覆う光学マスクを設けることができる。(略)マスクを形成する代りに、第1図に示すように光検出器を二つの部分に分離するのが比較的簡単である。このように二分化することにより、トラック15の軸線に対する集束点Oの一部の偏移を検出することができる付加的利益がもたらされる。」(三頁右下欄一六行ないし四頁右上欄一五行)。と記載されていることを認めることができる。

右認定の第二引用例の記載によれば、第二引用例記載の発明においては、光検出器素子12、13が受ける回折光の強度を光電変換してその和から電気的情報信号を得るものであること、光検出器素子を12、13と二分割することは電気的情報信号を得るためには必ずしも必要なことではないが(二分割しても結局その出力の和を利用する。)、トラッキング制御において集束点の位置検出のための回折光強度分布を得るに必要であるためであることを認めることができる。

右のとおり、第二引用例記載の発明からは光検出器の受ける回折光全体の強度により電気的情報信号を得ること、光検出器が二分割されている場合には各光検出器が受ける回折光の強度を光電変換して、その出力の和から電気的情報信号を得ることが開示されているのであるから、焦点集束信号を得るため四分割された光検出器を用いる第一引用例記載の発明において、情報読取りのための電気的信号を得るため、四分割された光検出器の受光する光ビームの光電変換による出力和を利用すること、即ち、構成要件(f)の「光検出器の四つの部分の出力信号の和を取出す加算回路」を設けることは当業者が容易に想到することができたものというべきである。

原告は、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明は動作原理上互いに組み合わせることはできないものであるとして、右容易想到性を肯定した審決の判断の誤りを主張する。

しかし、審決は、第一引用例記載の発明の焦点集束装置と第二引用例記載の発明の情報読取装置をそのまま機械的に組み合わせることの可否を問題にしているのではなく、第一引用例記載の発明の焦点集束装置によりデータキャリアD上に焦点が集束した光ビームの光検出器が受ける反射光からの情報の読取りに第二引用例記載の発明のうちの情報読取りの技術(光検出器の受ける回折光全体の強度により電気的情報信号を得るため、分割された各検出器が受ける回折光の強度を光電変換してその和を得るというもの)を適用することを想到することが容易か否かを問題にしているものであり、それが当業者にとって容易であることは極めて明白であって、原告の主張はおよそ理由がないというべきである。

三  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第三よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることにつき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田稔 成田喜達 佐藤修市)

別紙図面一ないし三〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例